森の中にたたずむ栄華の名残。鉱山の歴史伝える「英国館」
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四季が織りなす美しい森林風景と清涼な空気を楽しみに、県内外から多くの人が足を運ぶ、日之影町 見立地区。24㎞におよぶ日之影川の上流にある見立渓谷はヤマメやアユが釣れる清流として知られ、秋になると渓谷沿いに並ぶ木々の葉が鮮やかに色づきます。
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日之影町は日本で初めて「森林セラピー基地」に認定された町。ここ見立地区にも、セラピーコース・見立遊歩道が整備されており、申し込みをすれば、森を知り尽くしたガイドの案内付きで散策を楽しむことができます。
そんな全国に誇る美しい森林と渓谷美で名を馳せるこの場所に、かつては鉱山町が栄えていたことを知っていましたか?
欧米式と日本式が混じり合う独特の建築美
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「道の駅 青雲橋」から30分ほど車を走らせると、見えてくるのは「英国館」と記された看板と、木々に覆われた木造の建物。これは、この地で発見され、以後約340年もの歴史を辿った「見立鉱山」が残した歴史遺産です。
大正15年、見立鉱山の鉱業権を獲得した英国人ハンス・ハンターは外国資本により東洋鉱山株式会社を設立し、イギリスの採鉱技術と資金力を駆使した鉱山経営を行いました。英国館は、当時訪れていた外国人技師の宿舎およびクラブ(社交の場)として、昭和初期に建てられたものです。
同館は、欧米の近代建築に日本の伝統的な木造建築の良さを加えた当時としては非常に珍しい独特の建築様式となっており、現存する数少ない貴重な建造物です。
平成13年には国の登録有形文化財にも指定され、現在は資料館として一般公開されており見学が可能です。今回は、70年以上にわたり見立地区の変遷を見守り、鉱山の歴史にも知見が深い工藤晃一郎さんに案内してもらいました。
家具やインテリアに宿った“記憶”に触れる
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建物の最奥部にある喫茶室に並べられたイスやテーブルは、なんと当時使われていたものがそのまま残されています。縄編みのイスは、日系米国人デザイナーであるジョージ・ナカシマによるもので、同じデザインは軽井沢聖パウロカトリック教会と香川県高松市のジョージナカシマ記念館に数脚残されているのみとされています(英国館パンフレット「英国館〜見立鉱山倶楽部〜」より)。戦前の名デザイナーの影を感じる貴重な品です。
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喫茶室には暖炉が、浴室には欧米式のバスタブやシャワーが備えられており、木造の建物の中には和洋入り混じる独特の光景が広がっています。
設計はハンターと深い親交があった建築家アントニン・レーモンドによるもの。デザイナーのジョージ・ナカシマは、彼の建築事務所に属していました。
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同館の一部は改装され、鉱山風景を写した貴重な写真や実際に使用されていた鉱山道具が展示されています。従業員たちの様子や、使い古したヘルメットやランプ、コンパスなどから、当時の情景がありありと想像できます。
また、ハンス・ハンターの人物像がわかる資料も多く残されています。ハンターは多趣味で、従業員の子どもたちが採集した蝶を買い取って標本にしたり、猟や釣りをしたりして楽しんでいたという記録も。実は、日本にフライフィッシングを紹介したとして知られる人物でもあります。
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当時の鉱山周辺の風景が再現されたジオラマ。山の斜面に並んでいる鉄塔は今でも残されており、現在の風景と照らし合わせてみると面白い発見があります。
鉱山の幕が閉じ、清流を取り戻した見立渓谷
全盛期の従業員世帯は340戸を超え、従業員数は460人余りを数えたものの、戦争の混乱とともに衰退。前身となる大吹鉱山が江戸時代に開かれてから長い時を超え、昭和44年、ついに閉山となりました。当時の建造物の中で、英国館だけは、その後鉱山を運営したラサ工業株式会社によって復元され、後世に引き継がれているのです。
一時は国内全生産量の半分近くのスズを生産していた見立鉱山。閉山後は坑廃水による水質汚染が問題視されたこともありましたが、取材に協力していただいた工藤さんをはじめとする人々の長年の尽力によって水質浄化施設が建設されたことにより、美しい清流は今も守られています。
豊かな森林に包まれたこの場所に、まさか鉱山開発の歴史があろうとは思いもしないことでしょう。目の前に広がる風景に新たな気づきをもたらしてくれる貴重な歴史遺産に、一度訪れてみてはいかがでしょうか。
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【英国館】
定休日:火曜・水曜(祝日を除く)
営業時間:9:00〜16:00
入館料:大人300円、子ども200円
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工藤晃一郎さん
日之影町・見立地区仲村でゆず農家を営み、森林セラピーのガイド「癒しの森の案内人」を務める。幼少期に熊本県から移り住んで以来、見立地区の変遷を見守り続けている。見立鉱山閉山後の水質浄化にも大きく貢献した。